奈良時代神亀年間、僧行基が東国を巡錫行脚した際発見された渋温泉は、名湯大湯を中心に、行基の刻んだ薬師如来を温泉鎮護として栄えてきた。渋温泉は、三百年程前より次々に発見された湯を村人の手により、共同浴場、惣場(大湯)と称して大切にささえられ、延宝四年(1676)藩主真田幸道が愛湯せられて以降、、歴代藩主も毎年訪れるようになった。 いつの時代からか村人や湯地客は、九つある共同浴場を薬師如来の温泉鎮護にあやかるべく、一つ一つ浴場めぐりを行うようになってきた。 九つの湯を巡湯ことにより九(苦)労を流し、厄除、病魔退散、安産、育児健康、不老長寿にと、手拭や腹帯に願をかけ渋薬師庵に祈願をこめてきた。
巡浴手拭包紙より